戦略と戦術(その2) よくある基本パターンと組み合わせ
★永住権優先でいくか/ステップアップ方式でいくか
いきなり独立永住権がバシッと取れてしまうならば問題は少ないです。最初にビザ問題をクリアしてしまえば、そのあとの組み立ては大幅に楽になってくるでしょう。取れるものなら取りたいところですが、年令的限界、ボーダーラインの難易の推移、前提スキルの熟成(英語力、学歴、実務経験)の慎重に判断して−−−−というか自分で考えるのも限界あるでしょうから専門の業者さんにお金払ってコンサルティングして貰うなりする。で、勝算アリとなれば打って出てみることになりますが、勝算が薄いの場合、こんなところで玉砕してても始まらないので、簡単なところから徐々にステップアップしていく戦略になるでしょう。
具体的には、例えば労働ビザのスポンサードしてくれる雇用主を探すことがメインでしょう。めでたくスポンサーになってくれる雇用主に出会えたら、とりあえず2年の労働ビザが下ります。延長が通ればさらに2年というわけで、時間が稼げる。もし、2年なり4年なりの期間住んで見て、案外と住むには面白くないわ、面白いけどもう飽きたわ、飽きてはないけどもっと面白いこと見つけたわ、ということなれば、話はそこで終わりですね。めでたく一件落着でしょう。数年で飽きるかどうかはやってみなきゃ分からない話で、結果的に2年で飽きるものに苦労して永住権取る必要なんか全然ないですもん。
それでも尚長期的に住んでみたいということになると、やはり労働ビザが切れる前に、永住権にステップアップしなければなりません。方法としては、その労働期間の実務キャリアをもとに独立永住権を獲得するか、あるいは特定の雇用主にとって無くてはならない人材として見込まれることによって雇用者指名永住権を取得するか、です。
これが基本的なパターンと言われますが、ここから逆算できることは、後々の永住権ステップアップまで頭に入れて最初の雇用関係を結ぶ、あるいは、同業ないし類似業他社に転職できるような汎用性の高い分野をターゲットにするなど。その雇用主が、まず絶対に雇用者指名なんかしてくれそうもなかったら、そこに長居してても時間の無駄ということもありえるでしょう。労働ビザといっても、他にスポンサードしてくれる雇用主がいれば、途中で転職すること(スポンサーの交換)は可能ですし、そうそう珍しいことでもないですので、次なるステップアップを念頭におきつつキャリアを磨いたりコネクションを広げたりということになろうかと思います。
★「はじめの一歩」をどうするか
しかしですね、若干話は前後しますが、この最初の一歩たる「労働ビザの雇用主探し」ですけど、これがそう簡単に見つかるものでもないです。雇用者も慈善事業でスポンサーになってるわけではない。それに日本に居ながらにして、現地の企業から「是非君に来て欲しい」なんて言われるチャンスなんか、待っててもそう来るものではないでしょう。そこで、さらに遡って、雇用主探しのためにオーストラリアに滞在するということになるでしょう。例えば、ワーキングホリデーなり、語学学校や大学その他の学生ビザを取るとか。その滞在期間でなんとか目鼻をつけるというわけですね。大学などで高度なキャリアを身につけ、そこを武器にスポンサーになってくれる所に就職するというテもあるでしょう(なかなか難しいけど)。
なお高級キャリアをみっちり積もうとするならば、むしろ一旦迂回してイギリス、アメリカのケンブリッジやハーバードクラスで修行して箔をつけた方が、オーストラリアでモノをいうかもしれません(領域によって違うでしょうけど)。そういう発想だってありうると思います。
いずれにせよ、最終目的のために自分のキャリアを考え、オーストラリアの就職事情あるいはビザ事情を考え、どういった方針が最も成功確率が高いかを考えておく必要があるでしょう。そのためには、現地の人材斡旋業者などに予めコンサルティングを受けるという手段も有用だと思います。多くのビザ代行業者さんは同時に人材斡旋業もやっていたりしますから(隣接産業なのでしょう)。将来的に全く展開する見込みのない領域で頑張っているというのもツライものがあります。
●利益衡量●
では、以上の点を踏まえて、総合的に、あーでもないこーでもないと利害得失を考えてみましょう。
大学行くのもいいですが、勉強はハードですし、学費も年間100〜200万と馬鹿高いうえに、時間が経つほど「(独立移住ビザの要件としての)直近の実務経験期間」は相対的に少なくなるというデメリットがあります。語学学校にしても、半年で60万前後でしょうか、安くはないです(ただしコースの組み合わせによれば40週で一年滞在出来るなどの”やり方”はありあます)。反面、現地を知りつつ長期的戦略を考える時間、コネつくりの機会(居ればすぐに出来るというものではないが)、なによりも必須な英語力を養う機会など、日本にいては中々得られない貴重な機会でもあります。僕もこのルートから入りましたが、現地も知らず「暮そう」という決断は出来ないなと思ったからですね。で、とりあえず行ってみたら、これがメチャクチャ面白かったからマジになって考え始めたという。
逆に、スポンサーになってくれる雇用主が見つかった場合は、いきなり収入付きで暮らすことが出来るのでそれはそれでラッキーなのですが、今度はその領域に縛られてしまい、自由に絵が描きにくくなるという側面もあります。例えば、最初に○○業界でバイト採用され正社員に格上げになった場合、滞在期間の日常の風景も、積まれていくスキルも人脈も同じ○○業界ということになります。それが好きな人はいいですけど、本当はアーティスティックなことをやりたいという人にとっては、道がねじれちゃってますから、どこかで又軌道修正しなければならないという宿題を背負うことになります。またそこでの業界スキル&キャリアが、独立移住永住権で求められるスキルと違うような場合も問題でしょう。
★考え方の具体例(1) ストレートに永住権が取れそうな場合の戦略
メールで沢山相談を受けますが、まず、現在のキャリアでストレートで永住権が取れそうな場合は、「まだ退職しないように」と釘を刺しつつ、専門業者さんへのご相談をオススメします。なぜかというと、「直近の実務経験」(申請直前○年間のうち○年間稼働)条件があるので、下手に退職してしまうとタイムカウントが始まってしまうからです。あとから述べるように英語点獲得は容易なことではないです。時間がかかります。英語をやってる間に、スキル点がタイムオーバーにパーになってしまったら目も当てられません。だから、もう渡豪ギリギリまで在籍すること。
次に専門業者さんに相談し、緻密に査定して貰いましょう。その結果、今のキャリアでスキル点が取れそうであり、あとは英語点を取れば永住権GO!の場合は、死に物狂いで英語をやるべきです。IELTS6点はハンパではなく高いです。現地の語学学校で半年や1年やったくらいで行けるかどうかすら微妙です。ましてや7点になると何をか言わんやです。しかしスキル点の直近実務経験のタイムカウントが始まりますから、もう退職してオフィスの机を片付けたらその足で空港に直行くらいの感じで語学留学すべきでしょう(最初は観光ビザで入れば良い)。
英語さえ出来ればいいのですから別にオーストラリアでなくても、イギリスでも米国でもいいですが、イギリス英語をベースとしたIELTSでは米語ではなく英語系がいいでしょうし、留学費用が安いということを考えれば結局オーストラリアかな、という気もします。それに実際に住んだ方が何かと便利ですし、住むことで「なんだこんなもんか」と幻滅して、そもそも永住権を取る気がなくなることも無いとは言えないのですよ。そーゆーことは早く分かった方がいいでしょ。
日本で英語が勉強できたらいいですが、多くの場合、効率という点で悪すぎます。24時間英語環境に身を置き、毎日ボコボコにされてるくらいでないと、英語なんかなかなか身につきません。このケースでは、とにかく時間がない!ので、山籠もり超人修行くらいのハードなことをしないと間に合わないです。ただし、IELTS試験そのものは日本で受験した方が点が高いという傾向があるようです。なんせオーストラリアで受験すると、英語の猛者がゴロゴロしてますから。だから語学留学のうえ、帰国して受験、と。
★考え方の具体例(2) ステップアップ方式の場合の戦略〜意外と使えるワーホリビザ
これまでの経験から、
「最初はワーホリから入る」というのが、意外と最も有用な戦略だということに気づきました。なんかワーホリというと、「ホリデー」という語感から緊迫感がなく、「甘い!そんな遊び呆けている場合か!」って気になるのですが、そういう考え方こそ甘い!
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オーストラリア現地にいる日本人永住者を見回しても、Tetsuya'sの和久田哲也氏をはじめとして、ビジネス的に成功したり、充実したオーストラリア生活を送っている人は、かなりワーホリ出身者が多いです。数年前にお世話した方が、今度ご自分でお店を持つようで、先日「せっかくオーストラリアにいるのに日本にいるときよりも忙しいです(笑)。でも楽しいです」とうれしいメールを送ってくれました。
ワーホリ族が活躍しているのは、意外なようで、実は当然の話だと思います。
なぜか?彼らは徒手空拳でオーストラリアにやってきて、多くの場合はビンボー生活をエンジョイしながら、シェアをし、ラウンドをし、滑ったり転んだり多くのオーストラリア体験を積みます。まさに地べたから這い上がってきたわけです。ある意味ではオーストラリア社会のことを皮膚感覚で一番知ってるのは、そういう修行を経てきた彼らだったりするのですよ。企業駐在員は駐在員村&日本人社会にひきこもってしまう傾向があるし、語学留学もいいのですが、ラウンドもできないから、いわゆる教室の「お勉強」で終ってしまったりしがちです。
そして永住権獲得というのはしょせん通過点に過ぎず、最終ゴールでも何でもないです。永住権が取れたら、オーストラリアでゼロから身を起こしていくしかないです。そのときにモノを言うのは、裸一貫でオーストラリア社会に突撃していけるかです。オーストラリアの就職、生計は、煎じ詰めればコネです。狭い日本人社会だけにこだわっていたらチャンスが余りにも少ない。なんせシドニーですら歩合400対1という超極端マイノリティーが日本人社会ですから。だから、オーストラリア人と沢山知り合うこと、彼らとの交遊関係からチャンスを掴むことが必要です。しかし、こういったことは日本に暮してきた日本人には難しい。一皮も二皮も剥ける必要があります。
ワーホリさんの多くはラウンドと呼ばれるオーストラリア武者修行の旅をされますが、これも「急がば廻れ」的に非常に貴重な経験になると思います。ラウンドもやれば良いってもんじゃなくて、数ヶ月間、日本語を喋る機会すらないような片田舎のファーム暮らしをし、オーストラリアの本質を肌で実感されるといいです。アウトバックはオーストラリア人の心の故郷です。オーストラリア人が金科玉条のように唱える「フェア・ディンカム・オージー」を体験してきなはれと。充実した武者修行を終えて帰ってきたときには、頭の中身は半分オージーになってる筈です。だから溶け込みやすい。都会の日本人社会しか経験がない場合に比べて、その実戦力の差は格段に違います。それが後々になって効いてきます。
別にラウンドしなきゃダメってものではなく、ワーホリで来てラウンドせずに現地の100%オージーの会社に就職した人もいます。その代わり、履歴書を送り続け、トータル200連敗するという悶々の数ヶ月を過ごされています。そして、連敗ストップになったのは、バイトしていたジャパレス経由でやったベビーシッターのバイトを経由しています。経由&経由という人との出会いと繋がりが大事なんですよね。
僕は、オーストラリアというのは意外とコネ社会じゃないか?とニラんでいるのですが、もともとが社交的でヒマさえあればBBQパーティーをやってる彼らはやたら知り合いが多いです。だから雇用機会も「誰かいい人いない?」で結構クチコミと人伝で話が済んでるケースが多いのではないかと。また、日本に比べて地元民用のガイドブックやサイトが異様に少ないです。東京圏くらいの広さを持ち、人口400万人、民族数200の濃〜い社会を考えたら、びっくりするくらいガイド系の情報が乏しい。あるにはあるけど日本の比ではない。なぜか?といえば、彼らは年がら年中やってるパーティその他でクチコミでまかなってるキライがあります。「美味しいレストラン」とか「信頼できるリーズナブルな歯医者」とか熱心に情報交換している。
だから彼らの中に入っていかないと、なかなか美味しい情報やキッカケが得にくいのだと思います。ラウンドでも1万ドル以上稼げるような良好なファームは、「ケバブ屋でたまたま知り合ったオジサンに紹介して貰った」「道をトボトボ歩いてたらクルマに乗せて貰ったおばちゃんに教えてもらった」というケースが非常に多い。ベビーシッター経由で職を得たというのも、考えてみれば非正規ルートなようで、これが案外オーストラリアの正規ルートなのかもしれません。そういえば、犬の散歩のバイトをやってて、そこでのガーデンパーティーでの出会いで労働ビザを得た人もいます。
海外が本当に難しいのは、この「地元社会」というインフォーマルなレイヤー(圏)があるからだと思います。業者さんにアレンジしてもらっても、結局は入り口に連れて行って貰えるだけで、そこから先は無重力空間みたいなところを自分の力で進んでいかなきゃならない。ワーホリさんが強いのは、無意識的にもこのレイヤーを通過して洗礼を浴びているからだと思います。僕も、一括パックという現地サポートでは、シェア探しなど「いかにオージー社会に入っていくか」に力点を置いています。ここを通過できないと、通り一遍の浅いもので終ってしまいかねないからです。
また、こういった経験は、単に就職機会のゲット(人との出会い)だけではなく、英語廻りのスキルの錬成に役に立ちます。以前僕がお世話した方で、2年間みっちりワーホリ体験を積み、現在日本で外資系に勤めておられる何人もおられます。語学学校時代の頑張りに加えて、ラウンド修行での問題解決能力や労働体験もかなりしっかりやってきているので、机上での英語力だけではなく実戦力=英語を使って物事を進めていく能力が高く、それがゆえに外国的な環境(外資)には受け入れられやすいでしょう。また、上司から同僚全員外国人という真性外資系の場合、採用にあたって、英語なんか出来て当たり前ですが、それよりも彼らは英語圏的な仕事の進め方、発想が出来るかどうかを見るといいます。くだけた表現でいえば「ノリや波長が同じかどうか」であり、もっと言えば彼らから見て「仲間かどうか」でしょう。
先のことは分からないですが、一回外資的(外国的)環境に入ってしまったら、そこは転職など流動性が高い社会ですし、キャリアを積みつつオーストラリア関連企業に接近していけば、それでビジネスビザなり、スポンサー付き永住権の道が無いとも限らないのですね。勿論そうなる保証はないですが、ここで言いたいのは一直線にゴールまで線分を結んで可不可を決めなくたって、ナナメにピョンピョン跳びながら渡っていく道もあるということです。局面局面で、将来の可能性がより高くなりそうな方向を選んでいき、一気にコトを進めなくても、確実に高度を上げていく道だってアリではないかと。
ワーホリさんは、最初ワーホリだけやるつもりで来ています。それなりの期間、実際に滞在して気に入ってから次のステップに進んでいます。つまり実際に気に入ったからこそ永住権を取ろうとしているし、ステップアップで永住権が取れるということは、取れた時点では生計は十分に立てられているということでもあります。つまり、実質が先行し、ビザなどの形式は後から整えるわけですから、間違いが少ないのです。逆にストレート永住権組は、そういった地べたを這いずり回るような経験がなく、どうしても日本の感覚をひきずって、そのままスライドして持ってこようとしてくるからミスマッチが起きるのです。住まい一つとっても日本のような清潔なマンションじゃないとイヤとか、ストライクゾーンがとにかく狭いから、ライフスタイルも狭まってしまう。だから逆に、「こんな筈では、、、」というパターンが多い。
ということで、もしあなたが18〜30歳でステップアップ方式を目指すのならば、最初はワーホリから、というのは強力な選択肢になると思います。僕の場合は最初に来たのが34歳だわ、その頃のワーホリは25歳までだわ、そもそもワーホリ制度なんか知らなかったわで話になりませんでしたが、もし当時の僕にワーホリという選択肢があったら、迷わずそうしたと思います。実際、半年の語学留学→永住権取得のあとの数年は、考えてみれば自分でワーホリやってたようなものです。貯金食いつぶしてもいいから、とにかくオーストラリアの社会や生活を学ぼうと、シドニー中の全サバーブに行ってやる!とか、オンボロ車の修理や家の修理にトライしたり、そんなことばっかりやってました。だから、どのような形態、ビザであれ、ワーホリ的な経験は必要かと思います。
★ダメだった場合/「成功」とは何か?
こんなこと言うのは何なんですけど、最終的にオーストラリア移住計画は失敗に終わったとします。また日本に帰らなきゃならないという場合に、それでも、「まあ面白かったからいいか」と思えるかどうかもひとつのポイントでしょう。結果として失敗に終わったとしても、少なくとも「やりたいことをやった」わけであり、それを満喫できていれば「大成功」とも言えるわけです。
これは、僕自身の特殊な価値観かもしれませんが、目的−手段、過程−結果といっても、見方を変えたら時系列上の一点にすぎないわけで、過程において楽しめれば結果において楽しめなくてもOKという場合も結構あるのではないかと。過程時点である「2008年3月22日という1日」と、結果時点である「2013年5月10日という1日」を比べれば、「1日」という意味では同じではないか。未来の1日の方が現在の1日よりも無条件でエラいというものでもなかろう。要は、積分みたいなもので、全期間を通じて、「楽しいなあ」と思える長さと深さを総合的に掛け算してみて、それが最大になるかどうかではないかと思うのですね。
個々人の死生観にも関わるのですが、僕なんかは「結果なんかどーでもいいじゃん」って思う傾向があります。勿論、一定の絞り込まれたターゲットがあった場合(司法試験合格とか、いいシェアを探すとか)には、全知全能を振り絞ってありとあらゆる手を打ちまくるし、夜も寝ないで必死にやります。でも、ポーンと視点をパンすれば、「どーでもいいちゃどーでもいい」ことだと思ってます。結果結果というけどさ、最後の最後の本当に最後の突き当たりにある最終結果は「死」でしょう?人は誰でも死ぬのだ。何をどうやっても、それが誰であれ、結果は同じ。だとしたら、過程でしょう。プロセスでしょう。過程やプロセスが絵本体だとしたら、結果などは過程を飾るガクブチみたいなものです。甲子園で優勝した高校球児は嬉しいでしょう。でも、彼らにとって一生の宝になるのは、優勝という結果ではなく、そこに至るまでのキビシイ練習であったり、仲間との連帯感であったり、端的に青春そのものだったりします。それらご本尊を麗々しく飾るために優勝という結果があるだけ。そりゃガクブチがあった方が絵は引き立つけど、それだけのことでしょう。どっちが主で、どっちが従か。
また結果を考えるにあたっても、「大成功した場合」という「仮定」と比較しても始まらないと思います。正しく比較すべきは、同じだけの期間「あのまま日本に残って、今の生活を続けていた場合」でしょう。3年なら3年、会社に留まり、仕事も深まり、収入も増え、キャリアも積んだという場合と、知らない土地で孤軍奮闘してきた3年間で、長い目でみてどっちが自分の人生において「ええ感じやったね」と思えるかどうかですね。これはもう各自の価値観の問題ですから、あなたにお任せします。It's totally up to you.
同じく、結果を考えてみた場合、再び日本に戻った場合、どれだけの「お土産」を持ってかえれるかという視点もあるでしょう。英語技術だけでなく物の見方/世界の見方も変わってるかもしれません。ひっくるめて「世界大学」に留学してたと考えることもできるかもしれません(学位も賞状もないですけど)。その経験をその後の展開に活かせるかどうかという視点もあるでしょう。
★先のことは分からない
何度か触れましたが、「人の気は変わる」ということです。あんまり詳しく戦略立てすぎても、将来になったらコロっと気が変わってるかもしれません。見えている風景も違っているでしょうから、その時点で自分がどう思うかなんて分かったものではありません。
「どうしたもんかな」でシドニーの町を悩んで歩いてたら、ひょんなことから現地のオージーと熱烈な恋に陥ってしまって、そのままゴールイン。あっさり永住権が取れちゃったなんてこともあるかもしれません。そして、その頃には永住権取得なんかどうでも良くなってるかもしれません。
そうかと思ったら、やっとオーストラリアの現地企業に就職出来たら、いきなりスリランカ駐在を命じられたりすることもないとは言えないですよ。
それに、やっとの思いでオーストラリアの永住権を取ったものの、数年暮した後に(期間はそれぞれだけど)、また日本に帰ってしまう人達もかなり多いんですよ。
オーストラリアでしばらく楽しくもハードな日々を送れば、自ずと人生観が変わってきたりもするでしょう。僕も変わりました。日本にいるときは「将来」とかいうと、なんか真っ暗な底なしの井戸みたいに、「俺はどうなっちゃんだああああ!」とエコーがかかるような思いをするときもあったのですが、こちらにきてしばらくすると、そのエコーがかからなくなり、しまいには「まあ、何とかなるんじゃないの?てか、何とかするわ」って感じに自然と落ち着きました。ある程度のところまで言ってしまうと、別に日本だとか、海外だとかあんまり思わなくもなります。どこにおっても自分は自分、それだけだ、みたいに達観してきますよ。まあ、人によるとは思うけど。
人の考えや価値観は変わります。必ず変わると言ってもいい。恋に落ちたら考えも変わり、結婚したらまた変わり、上司が替わっただけでも変わり、子供が生まれたら激しく変わり、大病を患ったらまた変わるでしょう。人はそれを「成長」と呼んだりもします。だから、「永住権」とか「永遠」の「永」がついてますけど、実質的に意訳すれば、「とりあえず今のところは」「終期を設定しないでおきたい」くらいの感じでいいと思います。
幾ら考えても未来予測には自ずと限界もあります。これまた自己例をひいて恐縮なのですが、僕の場合は、詰めて考えていっても、情報不足でどうしても読み切れない場合には、「それは○年後の俺が何とかしてくれるだろう」と未来の自分に振っちゃうことにしています。最初半年だけ語学留学に来ることを決めた時点でも、それから先のことは、ま〜ったくの白紙状態でした。だって、その頃はこんなサイトもないし、情報なんかゼロでしたから考えたくても考えようがないのですね。で、「考えても分からんものは考えるだけ無駄」「それは半年後の自分にお任せ」で、吹っ切ってました。
しかし、そうであっても、全体のフォーマット、手段目的の序列をしっかり把握しておくことは有意義だと思います。なぜなら、ここがハッキリしていたら、ちょっとばかり情況が変わっても、その場その場で「よし、じゃあこうしょう」と方針の変更/修正が比較的容易に出来るからです。永住ビザが取れないことが確定しても、「要はここに存在できたらいいわけだろ」「別にオーストラリアじゃなくても、インドネシアでも面白い人生が待ってそうだな」とか、フレキシブルに対応できるようになるでしょうし、対応できた方が楽しいですよね。
棒を飲んだような硬直的な計画一本だけでは、ちょっと事情が変わっただけでもう対応できなくなる恐れがあります。その意味も込めて、今回のFAQは「このビザはこう」とかいう各論情報以上に、総論的な「ものの考え方」に力点を置いて述べさせていただきました。
ご健闘をお祈りします。