闇を切り裂くヘッドライトだけを頼りに車を走らせた。
車内には誰もいない。
轟音をあげるエンジンの音だけが、呼吸するように唸りをあげている以外は、
何の物音も聞こえない。
何も聞こえない。
誰もいない。
−−国境まであと少し。
窓の外をゆっくりと後ろに動いていくのは、
魔物が住むかのような、真黒にうずくまった山、また山。
月は三日月。糸のように細い。
道はどこまでも真っ直ぐに進み、
ヘッドライトに照らされたセンターラインは、
狂った大蛇のように白と黒のまだら模様を描きながら
僕の車と一緒に走って行く。
−−国境まで、あともう少しだ。
遠くを流れるあの山々の麓で
今もなお宴が続けられているだろう。
懐かしい顔と懐かしい歌声。
明日も今日と同じ日が続くと信じている心優しい人々
宴席をそっと抜け出して、僕は車に乗り込み、
そしてこうして走っている。
ふとバックシートから、耳慣れた僕を呼ぶ声が聞こえたような気がしたが、
僕はもう振り返って確かめたりはしない。
インジケータパネルは、静かに緑色に光り、
フロントガラスには、どこから入ってきたのか一匹の蝿が止まっている。
身動きもしないで。
−−−国境まで、あとほんの少しだ。
流れゆく山の姿がなだらかになり、そして
見たこともないような
途方もなく巨大な平原が広がってきた。
前方視界の全てが地平線だ。
エンジンは相変わらず何かに憑りつかれたように唸り続け、
優しき人々は、遥か彼方の後方に過ぎ去り、
僕は蝿と一緒に、見たこともない大地を突き進む。
−−−国境が、もうすぐ見える。