前回やったように、中国の国家システムには根本的な問題=共産党一党独裁の非民主的な政治構造=があります。権力の発生や変動過程が不透明であるために予測がつきにくく、また脱線したときの復元力が危惧されます。現政権があまりにも国民の意向に反したことをやった場合、普通の民主国家では支持率が低下し、次の選挙で政権交代やら政局の変動があります。これが期待される復元力ですが、こういった透明で合理的なメカニズムが保障されていないと、天安門事件のように、戦車がゴゴゴと出動して国民のデモ集会を蹴散らしてしまうかもしれない。どうしてもファシズムや軍事国家としてのダークな側面がでてきてしまい、法治主義が重視されず、検閲や宗教への干渉など人権に対する配慮が乏しくなります。
ところで、独裁体制であるからといって、必ずしも論理必然的に軍国的になったり、人権侵害が起こるとは限りません。例えば、その昔の名君と呼ばれた王様の時代は、人々は比較的平和で豊かな生活をしていたとされます。日本の江戸時代だって、体制そのものは戦時中の軍国主義以上に強烈な独裁体制だったのですが、戦時中のような息苦しさは感じませんしね。しかし王様が常に名君であるという保障はなく、また名君が常に優秀な政治をするとは限りません。8代将軍吉宗は人格的には立派な名君とされていますが、経済的には元禄バブルを崩壊させた第一級の戦犯であり、また生類憐れみの令など悪法を押しつけ、柳沢吉保などの不透明な側用人政治(一種の官僚国家)をはびこらせ、吉良の職場いじめ&不公正な裁決と行政不服審査制度の不備などによって、赤穂浪士の討ち入りという国内テロを招いていたりします。
もう一つ。独裁体制は、「独裁体制をキープしなければならない」という至上命題があるがゆえに、常に国民からの批判や反対勢力を封じ込めねばというオブセッション(強迫観念)にかられる傾向があります。これは人間の心理としてどうしてもそうなる。独裁体制であればあるほど、一旦コケたら革命のような大変動が起きてしまうわけで、そうなれば権力者は一転してギロチン台に送られたりするわけです。言わば命がけですから権力者も必死で体制防衛するでしょう。だから政府批判や、批判の根源になるような”危険思想”をつみ取るために検閲もするし、表現の自由も抑圧する。体制を乱しうるくらいの規模の人間集団があったらこれを敵視する。法輪功にせよ、チベットにせよ、もう恐怖にかられいぇモグラ叩きのように叩きまくる。
しかし、こういうメカニズムというのは、ビジネスの現場においては堪らんですよ。せっかく精密な法制度やシステムが完備しようとも、それ以上の価値=現政権の維持という至上命題が出てきたら、容易にひっくり返されるわけですからね。西欧的な民主体制に慣れた僕ら日本人や西欧人は、議論→合意→ルールという民主的なルールで物事を進めようとします。ビジネスについても、お互いケンケンガクガクの議論はするし、奥義を尽くして駆け引きもしますが、一旦合意したらそれがルールになり、以後そのルールによって物事が進められると思います。中国でビジネス展開をするにあたり、政府からやら関税やら、やれ労働条件やら、あれこれ注文をつけられますが、それで合意し、認可が下りたら、あとは基本的にそのまま進むもの、ルール変更があるなら事前にその旨の協議と合意があるもの、と思いますよね。当たり前ですよね。しかし、中国ではそうならない。事情が変わって中国政府のメンツという、至上命題がかかってくると、あっさりひっくり返されたりする。いったい何のための法であり、合意なのかという。
ケーススタディ/Rio Tinto 事件
一例を挙げます。最近オーストラリアで物議を醸しているのが、Rio Tinto(リオ・ティント)という鉱山会社です。オーストラリアは鉱物資源が豊富なので、BHPとRio Tintoはオーストラリアの中でもマンモス級に巨大な企業です。ところが先日、リオの中国現地支社の経営陣が中国政府に逮捕されてしまい、未だに身柄を拘留されています。なんでそうなったのか、長い話を簡単に端折ると、もともとオーストラリアの産出する鉄鋼石を成長著しい中国が輸入するという関係でありました。中国パワーに引きずられてオーストラリアも景気が良かったわけですね。しかし今回の世界不況で中国側もリオ社も経営が厳しくなりました。もっと安く買えないかということで、中国のアルミメーカー(チャイナルコ)が巨額の出資をして、同じく資金難に苦しむリオ社に資金援助をして大株主になろうと話が進んでいました。話が大きすぎるのでこの件はオーストラリア政府の許認可事項になっていたのですが、ここでもし中国企業がオーストラリア有数の資源会社の経営に口を出せるようになれば、その影響力を利用して価格決定権は中国に握られてしまいかねないという危惧がありました。国内で議論が紛糾するままチャイナルコからの出資受け入れという形で話が進んでいたのですが、結局リオはこの話をドタキャンしてしまいます。リオ社の資金不足は、同じく国内王手のBHPとのジョイントベンチャー立ち上げと資金受け入れと、その他増資などによって解消しようとしたわけです。
その後、リオ社の中国支社長Stern Hu氏ほか計4名は、中国政府によって逮捕されてしまいました。時系列の流れでいうと、リオ社がチャイナルコの出資受け入れを発表したのが2009年2月段階、ドタキャンになったのが6月5日、そしてHu氏らが逮捕されたのが7月5日であり、まだ拘留が続いています。Hu氏は北京大学を卒業したバリバリのエリートですが、94年にオーストラリアに来てオーストラリア国籍を取得しています。後の三人は現地の中国人スタッフです。逮捕容疑は産業スパイ。熾烈な鉄鉱石価格交渉を有利に展開するため、現地の中国鉄鋼メーカーの企業秘密や政府情報をワイロなど不正な手段で入手したというものです。Hu氏ら逮捕のニュースは、即日豪中両国の一面トップーニュースになっています。中国側は胡錦涛主席みずから逮捕&調査の正当性を述べ、オーストラリアはラッド政府が動いていますが、今時点では露骨な政治干渉は避けています。
さて、時の流れでいえば、この逮捕は出資案件のドタキャンに対する中国政府の意趣返しのように見受けられます。チャイナルコの出資話は、単に一企業レベルの問題ではなく、その巨額さとあいまって中国政府の意向が働いていており、頓挫することによって政府の面目は丸つぶれになったといわれています。また、ご存知のように中国は世界各地の資源争奪戦に血眼になっていること、同じ中国といっても中央と地方、各業界によって利権が入り乱れておりこれらに対して中央政府は再び強力なコントロール下に置こうとしていたことなどなど背景事情は錯綜しており、さまざまな憶測が飛び交っています。が、大事なのは、結局どうして逮捕騒ぎになったのか誰も分らない、ということです。もの凄い怨念による復讐なのかもしれないし、単なる偶然かもしれない。政府発表を聞いていても、通り一遍のことしかいわないので全然腑に落ちない。そして周囲が納得できてなくても政府は全然気にしないという。
ここでの問題点は、一体どういう政治力学でそういうことになるのか分らず、また政府のアカウンタビリティ(説明責任)も殆どないという実情です。この事件についてオーストラリアは比較的クールに構えていますが、これって話を日本に置き換えてみたらスゴイことですよ。資金難に陥ったトヨタを中国企業が買収しようとするとか、トヨタの中国支社長らがスパイ容疑で逮捕されちゃったと考えてみたらいいです。しかもこれだけの事が起きていながら、どうしてそうなったのかがよく分らないし、合理的に解決されるという保障もない。こういった、”次に何が飛び出すか分らない”という予測不能ぶりは恐怖です。憶測を逞しくすれば、中国国内の中央・地方・業界というバトルロイヤル的な権力争いの帰趨でメンツを失墜された中央政府が、権力維持の為に強硬手段に出たのかもしれません(捜査・逮捕されているのは地元の中国企業も同じ)。こういう非民主的で、不透明な政治力がビジネス話の中に突如登場するあたりが問題なのですね。普通ビジネス話だったら、事前に合意し、事態が変わっても契約書どおりの違約金その他の処理をすれば足りるし、仮にそこで揉めても裁判沙汰になるくらいです。いきなり逮捕というのは反則です。でも、そんな反則があっさり起きてしまうのは、権力の生成・行使・抑制のプロセスがブラックボックスになってる独裁政権ならではだと思います。
こういった政府の対応に煮え湯を飲まされているの外国企業は多いし、中国に進出した日本企業も大なり小なり似たような苦労しています。中国に大工場建設を企図した王子製紙のケースが日本では有名ですが、なんだかんだ規制が変わり、話が変わり、すぐにも建築操業だった筈が、最終的に許可がおりるまで延びに延びて4年もかかっています。学研が作った地球儀が、台湾の表記をめぐってトラブルになって結局販売停止に追い込まれたり、パナソニックが中国工場の人員削減をしようとしたら政府に止められたり類例に事欠きません。
許認可権の濫用に翻弄されるケースだけではなく、経営内容や雇用についてもあれこれクチバシを入れられ、ぼけっとしてると企業秘密やノウハウを盗まれ、インサイダー情報を盗まれ、会社そのものを乗っ取られかねない。なんせ相手は”ルール変更権”というもの凄い武器を持ってますからねー。油断も隙もあったものではない。そしてその理不尽を主張して戦おうにも、透明で公正なルールやシステムそのものが機能していないから結局泣き寝入りという。このあたりが中国ビジネスの難しさであり、チャイナリスクの最右翼を占めています。
かといって中国人や中国政府が蛇蝎の巣窟というわけでもなくく、彼らの立場からしたら、ある意味ではもっともというか、普遍的な事情もあります。まず経済活性化を求めて外国企業を受け入れますよね。外資導入、村おこしの原理と同じです。しかし、外資が入ってくるのはいいけど、ゆくゆくは自分達もその産業を興したいと考えています。だから外資企業の上陸・活動を認めるけど、そのやり方は”勉強”したい。一方、外資があまりにも成功しすぎて中国市場で荒稼ぎをしてられたら面白くはないです。自国民を安い労働力でコキ使い、自国民に高い値段で売りつけてボロ儲けされたら、そりゃあ誰だって腹も立つでしょう。下っぱの仕事ばっかりさせて、”勉強”する機会を全然与えなかったら文句の一つもいいたくなるでしょう。
これは別に中国に限ったことではなく、かつての日本だって同じようなものです。いっときムキになって日本バッシングをしていたアメリカも、「日本はズルい!」とキレていたわけですからね。「非関税障壁」という妙なフレーズも、法律上形式上は公正なようでいて、実際の現場では何だかんだとイヤがらせをされ、仲間はずれ(談合とか)にされて市場参入できないアメリカの「反則じゃあ!」という苛立ちを示しているものです。一応ルールは決まっていながらも、実際にはそのとおり動いていないのは、いかにも日本社会らしいダブルスタンダード(本音と建て前)です。官公庁に睨まれたらあれこれイヤがらせをされる現実。官僚の作文、官僚的答弁、法律・条例・政令・省令・訓令・照会回答というあらゆる規制レベルを縦横に駆使した魔法のような骨抜きと横車、それに業界のボスやら政治家がつるんだ腐った利権構造、そして狐と狸の化かし合い、、、日本だって人のことは言えません。
ただ、中国の場合、若くてエネルギッシュだからやりかたがイチイチ露骨なんですよね。やりたくなる気持ちは分るけど、そこまでするか?という。さらに、国家体制そのものが、図体がでかく濃度はかなり薄まってるけど基本的には北朝鮮みたいな部分があるから、いよいよとなったらまたぞろ戦車がゴゴゴという無茶苦茶な話になりかねないという恐怖がある。将棋に負けそうになって、「待った」をするとか、持ち駒を誤魔化すくらいだったら想定内だけど、いきなり機関銃をぶっぱなすような事までは想定外です。でもあり得るというこの恐さ。ここがリスクの最たるものでしょう。日本もたいがいヒドイけど、そこまではせんよね。闇から闇へ暗殺というのはあるかもしれないし、実際あります。フィクションの話ではなく、例えば因果を含められた関係者の自殺とかありがちでしょ?有名どころでも、スキャンダルになると中心人物が何故か殺されてしまうという。豊田商事の永野会長は衆人環視のなかで惨殺されちゃったし、オウム真理教の村井”科学技術庁長官”(だっけ)もマスコミの目の前で殺されたし、ホリエモン事件でも幹部が沖縄のホテルで殺され、結局どれもこれも背景事情は今もって闇の中でしょ?日本だってかなり恐い国ですよ。でも、いくらなんでも戦車は出てこないよ。それが出てきかねないところが中国の何でもアリ的ワンダーランド的恐ろしさです。