Hさんの経過報告メール(抜粋)
※時系列に並んでいます。
★Mon, 14 May 2007 (ワーホリ開始1ヶ月半後)
田村さんお久しぶりです。
マルーブラのシェアは結局3週間で出て、今はBONDI JUNCTIONの学校のそばに住んでいます。マルーブラは特に問題もなかったんですが、バスが夜に少ないのとお金が尽きそうだったので3週間で出ることにしました。子供もかわいくて、お母さんもすごくいい人だったのでホームスティをした感じです。
今はイタリア人の女の子と韓国人の女の子とルームシェアしてます。マンションなのでオーストラリア感はあまりないんですが居心地は抜群です。日本語と同じくらい韓国語も勉強してます。目標の一つだったのでミニマムステイの2ヶ月間は英語&ハングルに没頭する予定です。
仕事は学校が始まってから3週間毎日レジメくばって歩きました。シティとボンダイジャンクションはほとんど回ったと思います。20くらい配ったかな?でもレジメもらってもらえないことも多くて、連絡もこないしお金は減るし、とりあえずと思って受けた回転寿司も落とされ、かなり行き詰った3週間でした。
カフェでやりたい!とゆうのにこだわっていたんですが、よく考えればこっちのカフェは夕方にしまってしまう所が多いんですね。今はCHEERSで見つけた日本人オーナーのカフェレストラン(パディントン)で週4日働いています。オーナーさんとキッチンのお姉さんは日本人、あとはオージーのスタッフです。でも自給は$9。
でもとりあえず生きていけそうです!
ほんとに仕事が見つからなくて「学校卒業前に強制送還か!?」とゆう笑えない状況でした!!仕事を始めて一週間後、地元カフェからも連絡を1ついただいたのですが、学校行っている間は朝働けないので卒業してから考えることにしました。お客さんもオージーなので英語の勉強にはいい環境だと思います。オーナーがかなりシビアで精神的に行き詰るときもありますが。。。
今日はレベルアップテスト。
田村さんのいうとおりに12週申し込んでよかったと思います。どんどんしゃべれなくなっている実感です。クラスもインターミディエイトなので7割コリアン、1割中南米、2割日本人ですかね。アッパーインターいけると良いです。
こっちに来る前の目標としては、カフェで働くのが1番の目的で最初は長くシドニーに住んでそのあと残り2ヶ月くらいラウンドしようと思っていたのですが、今は早くお金ためてラウンドに行きたいと思ってます!もしくはほかの都市に移りたいなあと。みなさんどうやってラウンドに行かれるんですかね?これからの季節、寒くなるのでピッキングも減ってくると聞いたのですが。何か情報収集の手段教えていただきたいです。
とにかく今日のテスト結果が良いことを祈ります!
またお世話になるかと思いますがよろしくお願いします^^
★14 Jun 2007 (ワーホリ開始3か月後)
田村さんこんにちわ!今日お見かけして声かけようと思ったら午後の授業がはじまり残念でした。
来週で学校も卒業です。早い!
結局インターミディエイトで7週、テストで92%のクラス一番をGETしそのままジェネラルのアッパーインターに移ろうと思ってたんですが、残り5週は違う環境でと思いビジネスに移りました。
テストの結果ビジネス1に行くことになりちょっとビジネス2にいけるかなと思っていた自信はこなごなにくだかれ(^^:)最初はとりあえず1で頑張れと言われ、移ったもののどうも満足いかず、BONDI校のマネージャーのフィリックスに「いいクラスだし先生もいいけど、あたしのクラスじゃないと思う。もっとチャレンジングな状況に自分をおきたいし、今のクラスであたしはよくやってるから!」と日本での謙虚なあたしはどこ行ったって感じの交渉で思ったよりあっさりレベルアップさせてもらいました(笑)。
残り3週間は、ビジネスのレベル2で初めて劣等感を感じつつ授業受けてます。もっと早くこの状況に自分を置くべきだったなとも思いますが。もともと学生で社会人経験がない分、日本語でも理解できないことが英語になったらもっとわからず混乱することもありますが、先生も最高なので頑張りたいと思います。あと1週間。
実は先々週から風邪を引いて、無理して仕事に行きこじらせ、最終的に肺炎になってました。先週末、死ぬかと思いました。。。
今はもう笑って話せますが結構いっぱいいっぱいな2週間でした。季節の変わり目。
暖房設備のない部屋で凍えながら寝てたりしたのもひとつの理由だと思います。今は田村リコメンドの湯たんぽ&寝袋も購入しぽかぽか寝てます!!
最初は風邪だったので、効かない日本の薬をあきらめこっちの風邪薬を購入。徐々によくなるも、先週末もうだめだと病院に行ったら、最初ぜんそくとゆわれ「違うと思う!」と思いながら吸入器を使うも全然効果なし。もう一度病院にいくと「今からレントゲンとってきてください」とゆわれ、先週末のあの突風、大雨の中20分タウンホールからマーチンプレイスまで泣きながら歩いてレントゲンとりにいきました(タクシーも全然つかまらなかったので。。。)。そしてまた泣きながらタウンホールへ帰り「肺炎ですね」と言われました。一箇所で採決もレントゲンもとってくれる日本の総合病院ってすごいなって思いました。
そんなこんなで先週1度も仕事にいけずクビになるかもしれない感じで今のシェアハウスもいろいろあって動かねばならず仕事探しと家探しをしなきゃならない病み上がりのあたしです(泣)
学校も卒業なのでEASTENからもともと住みたかった西、南の方に移ろうかなと思ってます。仕事も7割英語環境でオージースタッフもいい子&いい人でいいんですが日本人のオーナーさんとどうしても合わないので、次は頑張ってもっとローカルなお店で働きたいと思います!
今は早くお金ためてラウンドにでたいので!何を頑張ればいいのかわからないけどまたレジメ配りからはじめないといけないですね。
あ!ひとつお聞きしたいのですが、8月末父と妹、弟がシドニーに来ることになりました!一週間の滞在予定です。航空券とホテルだけ日本でとってくるそうなので、おすすめのレストラン、おすすめの場所あればまた教えてください!
学校終わってこれから自分を英語環境に置けるか不安です!置けても周りがコリアンばっかりだったらちょっと違うなって思うし。 背中おしてください!いやカツ入れてください!
あと6ヶ月しかないなんて早すぎますっ><
★26 Jun 2007 (ワーホリ開始3か月後)
先週ついに学校卒業してしまいました。終わってみるとやっぱりセントマでボンダイキャンパスにして良かったなって思いました!日本人カウンセラーのYUMIKOさんもとても素敵な方でした。
今週学校がない初めての週で、時間がありすぎて困っています。ラウンドすぐにでも行きたい!
ただ8月末に両親が来るまでシドニーにいなくちゃならないのと、風邪ひいて仕事できなかった期間のせいで移動するお金もないとゆう状況なので(ホントにいつもギリギリです。。。)。
あとジャパレスじゃないところで仕事してみたいとゆうのもあるのでもう少しシドニーに残ることにしました。
一緒の週にAPLACでお世話になったTOMOさんもMARIさんも学校終わったら移動するようなので余計に取り残された感じがして寂しいですが、、、セカンドビザはたぶんキビシーですね。途中で就活よりセカンドビザと思って1月に帰らないかも知れません(^ ^:)
9月からはまずパースに移るつもりなので、APLaC卒業生のAさんの連絡先教えてもらえるとありがたいです!早く都会を抜け出したい!ここにいるとどうしても物欲に走ります、、、
(ご両親の来豪の話)
エスニック系のレストラン、いいですね!
ライカードのイタリア料理行きたいです!
父は「一食くらいは豪華にしようかな〜」なんて言ってました。最初の週連れて行っていただいたベトナム料理店も行ってみようと思います!イタリア、タイ、ベトナム、中華、韓国、色んな国の料理食べて帰ってもらいたいななんて思ってます。家族で行けばご馳走になれるだろうからこの機会に(笑)
あと2週間で新しいシェア先がみつからなかったらバッパー移ろうかと思います。その時からできればスーツケース預かってもらえればと思うのですがいいですか?あたしバッパーも初めてなのでよくわからないんですがスーツケースは持っていかないほうがいいですよね?どのくらい安全なのかよく雰囲気がつかめてないです。
学校行ってる間は木〜日と仕事で全然思ったように勉強も遊びもできなかったので、友達と会えなくて寂しい反面、勉強できるので嬉しいです。
そのうちNAMIさん(美容師さん)とAPLAC邸にお邪魔するかもしれません。
ではまた連絡します。
★30 Aug 2007 (ワーホリ開始5か月後)
先日はしゃぶしゃぶありがとうございました!!!!
ホントに生き返りました。。。やっぱりあたしは日本食が好きです。ワインもとても美味しかったし、昆布には涙がでそうになりました。
あの日仲良くなったAMIさんと先週末クージービーチに一緒に行ってきましたよ^^
あたしは同じ週にマリさんがいたしダブりのともさん(笑)もいたしシェア探しも割りと楽しくできたし学校行ってからも励ましあえたことはすごくラッキーだったなって思いました。AMIさん最終的にノースのシェア先に決まったんですね!あたしの家から歩いて10分くらいで、もっと早く会えてればな なんて思ったり。でもすごくいいシェア先っぽくてよかったです。
あたしはとゆうとギリギリですが今週の月曜日にチケットを購入、日曜日の早朝にブリスベンにとりあえず飛びます!
パースにいるケースヶ君によるとまだまだパースは寒いとのことなので、とりあえずブリスベン周辺でピッキングしてお金貯めてからそっちへ飛ぼうと思います。日本から来るときは空港も日本だったしシドニーついたら田村さんいるしで結構安心してきたんですが(もちろんかなりびびってましたが)
今回は飛行機乗れるかもめちゃめちゃ不安です!TOMOさんの気持ちすごくわかります。「大丈夫ですよね?」って5回は聞くと思います不安。。。
荷物をできれば明日の午前中〜夕方の間のいつかか土曜日の午後に預かってもらえればと思うんですが大丈夫ですか?ホントぎりぎりでまだチケット取った以外何も決めてなくて、宿とかついてからではおそいですかね。。。朝8時45分にブリスベンに着くのでついてから探せないかなと思ったんですが。。。あーなにもかも決まってない上怖いです!
しゃぶしゃぶの日に色々田村さんとお話して、シドニーでしてきたことにもっと違うことができたんじゃないかって色々後悔もしてたんですが同時にモチベーションもアップしました!特にKさんのメール見せてもらって、あたしもこの人みたいなコトしたい!って強く思いました。一緒にきた友達は、ワークエクスペリエンスしたり、有給インターンシップに行ったりと色々してるのにあたしはシドニーで学校いって働いただけかと思って、もっとあたしにしかできないこれをやったぞって物を作って帰りたいです。
ではまたお世話になります。
★29 Jan 2009 (帰国後1年以上経過してから)
田村さんへ
お無沙汰しております。お元気ですか?2007年の3月末の週にお世話になったHです。
全然連絡せずに本当にごめんなさい。
ケイスケ君から、同じ週に一緒にシェア探しをしたtomoさんが帰国したらしいという情報が入って、ひさしぶちにaplacのページを見て、メールを送ろうと思い立ちました。
ばたばたとシドニーに帰ってきて帰国してしまいちゃんとお礼もできずにすみませんでした。かけなかったアプラックノートも、帰りの飛行機の中で長々と書いたものがあるので送ります。帰国してすぐに就活、終わったら卒論と、送ろうと思いながらここまできてしまいました。
そのとき書いたことと今思うWHの感想は全然違うように思えます。(実は今日本にいなくてノートが手元にないんですが、帰国したらすぐに送ります!)
帰国前アプラックに行ってお話ししたとき、「学校より、ラウンドの方がすごく楽しかった!すぐラウンドにでればよかった」というようなことを言った時田村さんは「学校行くとかシティの生活があったからこそラウンドの時間が楽しいんだ」というようなことをおっしゃっと思います。
こうして時間をおいて振り返ってみると、学校で学校の友達といたときの時間のほうが自分が等身大の自分で友達と接していたなと感じます。おんなじ目線で同じようにどうにか分かり合おうとしていたというか。
クラスが韓国人ばかりで嫌と最初の週は思ったけど、今でも気にして連絡をとってるのは彼らです。ホントにみんなが好いてくれて慕ってくれて、すごく楽しい時間でした。最近msnのチャットでgeosのクラスメイトと3人でしゃべったんですが、相変わらずですごく懐かしかったです。
paddingtonのカフェで一緒にバイトしていたOZの女の子とも変わらず連絡とりあっています。辞めさせられたときはホントにショックで腹が立ったけど、今考えると「あたしが悪かったな」って思えます。
ルームメイトのフランス人のお兄さんは、日本に旅行に来てうちに泊まっていきました。彼は日本人の彼女がいるのでいろいろ恋愛相談する仲になって今もよき相談相手です。学校に行ってバイトをしてたシドニーでの6ヶ月はあたしが一番成長できた時間だったと思います。特に最初の1週間!あれで「外皮がバリバリむけた」ように思います(ケースケの言葉を借りると 笑)
シドニーを出て、本当に独りぼっちになって、あの頃は、そして帰って半年は「あたし、一人でも全然大丈夫(だった)!」といってましたが、今思えば半端なく寂しがりやだったんだと思います。
反動で、帰ってからめちゃめちゃ堂々と寂しがりになりました。
(一緒の時期にWHに行った大学の友達も同じみたいで、家で一人でいるのも寂しくてやたら電話してしまうと言ってました笑)
バンダバーグでのピッキング生活は、非日常的でほんとにちゃらんぽらんな生活でした。
今思うと、あたし、壊れてたな・・・と思います。功績はトマト、イチゴがめっちゃ早く収穫できるようになったことです!(トマトにいたってはパッキングも早いです)
この前イチゴ狩りに行ったとき、イチゴ農園のおばちゃんに「人手が足りないからうちで働かないか」とスカウトされました(笑)。一日朝6時から夜の8時まで働いて一週間で10万円稼いだあの経験は忘れられません。。。
そのあとまた一人になって、ブリスベンで予約したパックツアーを フレーザー島、ヌーサでカヌーキャンプ、ウィットサンデーで船上泊とこなしました。
フレーザー島で一緒にキャンプした仲間が本当にいい人ばかりで「英語しゃべれなくても友達できるんだな」と改めて思いました。どこかで「友達になってもらってる、話しかけてもらってる」という劣等感意識が抜けなくて、このときは本当に楽しかった。上手くしゃべろうという気持ちがやっと抜けた瞬間だったように思えます。
「ハロー!ハロー!アワイユー!」と日本語英語で行くことでいつもの自分のまま会話できるというか。中途半端に英語が好きで英語病にかかっていたあたしは、声が小さいし、通じなかったら諦めてしまう、失敗したら黙ってしまうような癖がついていてこの呪縛から逃れるのが大変でした。
ウィットサンデーでのセイリングトリップでも仲間で恵まれました。アジア人があたしだけの環境にすごくあせりましたが、(もともとガンガン仲間に入っていけるような性格でないので・・・)ニコニコ笑顔でいることとお酒が入ったらもう大丈夫でした!
2泊3日の短い旅行だったのに、そのときできた仲間はみんなまだ仲良しです。イギリス人の男の子はそのあと日本に旅行に来て、うちの実家に1泊していきました。来年はオランダ人の子が遊びにきます!
このたびの途中で、田村さんちに一緒にお邪魔した彼と旅行を始めました。
すごく楽しい時間だったけど、Mっ気の強いあたしは「何でもっと自分を追い詰めなかったんだろう もっとやれることはあったろうに
一人でもっと挑戦すべきことがあったんじゃないか」と後悔も多い時間でした。
今でも振り返ると後悔はいっぱいあります。
今振り返るWHの旅は 自分がどれだけ情けないか痛感した旅だったことプラス自分がちょっと客観的にみれるようになった旅でした。
行く前よりちょっと高い位置で広くを見渡せるようになったような。
その分視界が晴れて自分自身も周りも、自分より高いところもすっきり見えるようになった感じです。
WH始める前、オーストラリアにいた頃の自分は本当に傲慢で子供で自分勝手で恩知らずで、それすらわかってない人間でした。
旅行中、セカンドに行くか迷った時、大学の友達で一緒にWHに来た子に相談したところ、「やりたいことやる時間がないからセカンドって、じゃあそれやる努力してるの?そんな風にみえないけど。現状に文句いってるだけじゃん。そんなんでセカンドとっても無駄な一年になるのが目に見えてるよ」と、これでもかというくらいあたしの悪いところが書かれた手紙が送られてきて、(それも誕生日に)。
自分でそれがわかってるから反論もできずに、一日中泣きながらピッキングした日もありました・・・
10ヶ月で自分がどれだけ情けないが実感されられ、「なんて自分は中身のない人間なんだ」と実感して、(今流行の?)自分探しの旅にでたら自分なんてなかった的なオチで(笑)。
でもオーストラリアの空気に染まっていろいろおおらかに考えるようになって、割とやってみればできるもんだなーと思ったりして(語学学校にお金を払って手元に$1000から生活をスタート、ラウンドも所持金7万くらいで旅立ち、戻ってきたシドニーではすっからかんでした)
結果「自分ってそんななんだってわかったからよしとしよう!」と。
これがいいのか悪いのかわかりませんが・・・
ひとつだけ結果として残ったのはTOEICです!
帰ってきて受けたら行く前の730点から900点まであがってました!リスニングが480点ですごく伸びてたのは旅の成果だと思います!
就活は、WH行く前はキャリアウーマンなってめっちゃ働く、子供も30くらいでいいし結婚してもバリバリ働くなんて思ってたのですが、考え方が変わってぐらついて、一番行きたかった会社をエントリーシートで落とされて、いろいろあって、地元のメーカーで事務系総合職として働くことにしました。
家から車で20分の会社で環境系総合メーカー(?)なんですが輸出企業なので今経営やばいらしいです・・・。ただ世界同時不況の前に就活を終えれたのはラッキーでした。
4月から楽しみのような不安のような・・・ がんばります。
そして今、どこにいるかというと、オーストリアにいます。
あのあと2月に彼が日本に来てうちで3ヶ月居候し、持ち前の謙虚キャラでお母さん、おばあちゃんの心をわしづかみし、(めっちゃ田舎で外国人慣れしてない家族なので、来る前は、お母さんなんか「外人は背が高くて、目が青くて、金髪でくさい」(どんだけ偏見って感じですよね(笑))」と思っていてすごく嫌がってたのに、毎日一緒に夕飯の準備をしてくれる人ができて楽しんでました。
おばあちゃんもリンゴ切って「これ食べなさい」と渡しにいった時「おばあちゃん、リンゴって英語でなんてゆうか分からなくて『フルーツ食べなさい』って渡したんだけど後で「リンゴはアップルだったわ」って気づいてね ほほほ」とゆって、なんか楽しんでました(笑)
その後11月にあたしがオーストリアで3週間お世話になって、ぶっとんだお母さんと友達のように仲良くなり、彼の友達に日本での飲み会ゲームを教えて盛り上がり、卒論が終わった今、またこっちに来てこれからのことを決めています。
結婚する予定です。
あたしはまだ社会人一年生になるところで色々問題もありますが・・・
ドイツ語も勉強してます!
こういうところで「割とやってみればできるもんだな」精神は生かされているかもしれません。
つらつらと長く書いてしまいましたが、WHの1年間、田村さんにお願いしてなかったらちんまりした10ヶ月で終わっていたと思います。
最初の1週間、人生で一番濃厚な1週間だったと思います。
そして10ヶ月間、どんなにお金がなくても大丈夫と励ましてくださりありがとうございました。
田村さんから学んだことは、人生が変わるくらい大きなことでした。
シェア探しでびくびくしながらも電話をかけ続けたあの気持ちを忘れずにがんばろうと思います。
ではまた。
本当にありがとうございました。
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